懺悔の日記

Think about things

 何気なくこぼした呟きに、見知らぬ誰かが攻撃的な言葉を浴びせる「誹謗中傷」。一方、この案件についてだが、私の考えだと「炎上しやすい場」と、「誰かに刺激を与えやすい言葉」を避ければ、加害者もしくは被害者になることを避けられるのではと思う。

 誹謗中傷によるデジタルタトゥーは、その過去や本人であることを特定される可能性によるリスクが大きい。もってのほかというか、個人の将来を考えると全力で逃げて避けた方が良い案件である。一方、このように事柄が大きくなったケースでなくとも、インターネットでは丁寧な人間関係を築き上げて長く維持することが本当に難しい、と思う要因がある。

 私が思う一番大きい原因は、「失敗が許されない人間関係」。例えば操作ミスで、他のプレイヤーに無事送り届けるべきキャラクターを送ってあげることに失敗したこと(「どうぶつの森」ゲームにて、住民を他の人の街に引っ越しさせる手順を失敗した経験がある)。あるいは、チームに所属して強力な敵キャラと戦い、ゲーム内イベントの報酬を集めることが必要になるが、イベントに参加できずチームに貢献できない。また、イベントの報酬を分配することにも暗黙のルールがあるものの、そのルールを知らないまま逸脱した行動を起こしていたことで、「知らない人(私)が罪」という形で、永遠に気まずくなったのでゲームに戻れなくなったこと(この影響により、私は「グランブルーファンタジー」のゲームを二度と再開しようと思わなくなったし、実際にアカウントを完全削除した)。

 分かっている。あえて自業自得であると認識しており、この記録の趣旨を踏まえて(具体的な描写は大分端折ったが)そのまま書いた。恨め、憎め、許すな、私を。でも、きっと、当時関係のあった人は、私をそれほど覚えていないかもしれないし、彼らにとっては「そんな人いたけど誰だったっけ」くらいで消えているかもしれない。

 いずれにせよ、ネットの関係は、謝ったところで何も解決しない、償えないものが多いのではないか、と思う。

 一方振り返って思ったが、それは私のせいかもしれない。私も「自分にとって居心地の悪い」関係は、かなり断捨離した気がする。しかもここで話す「居心地が悪い」は、別に相手がゲームで失敗をしたからとかではない。総合的に考えて感性が合わなさそうだな、とか、コミュニケーションの頻度や温度感が自分にとって苦しいから、という理由だ。やっぱり振り返ると、私って最高に気難しいやつだな。反省しているし、今も自分と関わってくれている友人たちには感謝してもしきれないばかりである。

 上記のような経験があるからか、露骨にパワハラが蔓延する職場でない限り、自分にとっては仕事などリアル・社交の場で適度に自我を抑えた人間関係の方が楽かなとも考えている。働いて返す責任は当たり前と考えているし、その努力を意識して生きている。失敗しても見守り、やり直すチャンスを与えること自体が良い上席・マネージャーの条件とも言えるので、良い職場のまともな人はその通りに振る舞ってくれる。自分はそれを受け止めて、ひたむきに頑張れば良い。もしかすると、どこに地雷があるのか分からないインターネットの人間関係よりシンプルなのかもしれない。

 色々なことを経験し、やらかした私が辿り着いたインターネットの使い方は、非常に極端だ。今好きな作品というか、コンテンツ以上に人生と捉えているものは刀剣乱舞とポケモンだが、新しい人脈に該当する人々からは、関係が深くなる前に離れることを繰り返してしまった。(といっても2回目だろうか)まだ、明確に私は誰も傷つけていないし、何もやらかしていない。その事実だけで自分の殻を守ろうとするとは、なんて愚かで、弱いのだろう。誰からも見られなくて済む世界は快適だけど、「誰も私の好きなものを知ろうとも、触れようともしない」世界にはどこか虚しさがあるな、といつも通り思うのだった。これも自分の人生における償いの過程だと感じて、今のスタンスを崩さず、引き続き生きていくべきなのだろうけど。