転職をしても本質的な性格は変われないのか

自分の無能が分かって、かなしくなった。

自虐したことを、親に永遠と指摘されている。「あなたが自分の頬をぶったことを見て、あまりにも同動揺したから」と言わせてしまった。加えて、「あなたが自虐するのを見たくないから、トラブルの原因である家のことを永遠に強く悪く言う」と言われた。

残酷な話だが、血族だから、親族だからといって、そこまで同調してかなしむ必要はないと思う。「私はそっちがそこまで反応するのが意外だったな」と返せばいいだけだと思っている。正確には、別の理由で悲しい気がした。私は、自分を傷つけて、相手の心象を悪くすることが癖である。その癖が、普通の人には一生正常だと認めてもらえない行為のような気がして。一生、私は本質的な性格を変えれない。駄目な私のままなんだ。そこから自分は無能だと改めて認識し、とてもかなしくなった。

話題を変えて懺悔すると、不動産会社と管理業者(※正確にはどちらも不動産業者だ)の文句というかこれまでどのように対応が雑だったのかを、匿名で書ける口コミサイトにぶちまけて、評判を下げる形で復讐しようかな、と浅はかなことをちょっと思っていた。が、すぐやめた。所詮私はそこまでの勇気も、極端性も、あるわけない。前職でコンプライアンスを学び、それを誰かに教える立場であったという虚しい記憶が邪魔し、一生取り繕うことしかできない。アメリカのように訴訟がしやすい社会だったら、心の奥底にある鬱憤を晴らし、弱者として自分の権利を最後まで主張することに加えて相手にダメージを与えるため、民法で訴える方向に持って行ったかもしれない。非常に極端な発想だと自分も思う。極端な発想をやめる、少なくとも大きな声で広い範囲に拡散させない方が良いことはしみしみと分かっている。インターネットを見ると自分の立場を守りたくなる人が多いのか、「民法を盾に、設備不良をいつまでも放置されてるので、家賃払いません!」と呟いたユーザーに対しては、「逆にそんなつもりの人に家貸さない」と叩く人が多かったのがゾッとした。

何というか、私の中で「自分を傷つける」ということは、一種の予防線だと思う。相手に向ける怒りと文句を、外に出すと相手にカウンターのような形で逆に叱られると思ってしまう。だけど、心のもやもやを消化する手段が分からない。だから、代わりに自分を叩く。家族がいると、自分を叩くことも自由じゃないんだね。リストカットをする人の中には、私と似たような動機が原因の人もいるのだろうか。悔しいし一度怒りたい、やり返したいけど、うまくできないから、物理的に傷害を与えて飲み込むやつ。

ただ、書いて思うのだが、多分自分は友人が同じこと、つまり自傷行為とかリストカットをやろうとしたら全力で止めそうである。我ながらずるい人間だ。自分の苦しみを相手が感じるかどうかは分からないくせに、相手のネガティブな気持ちとか、苦しいことやかなしいことは、なんだか自分のように感じてしまうんだ。私もその場に居れたら何ができたんだろうとか、一緒にいることはできないのかなとか、私が社会的に立場が強い人になって、その人のことを扶助できたりはしないのかな、って。

ここまで書くと、もうどこで来たか分からない偉い人、倫理道徳の教科書で見そうな人に言われそうだ。「自分を大切にしない人に、相手を守ることはできません!」という趣旨の指摘を食らいそうである。うーん、ごもっとも、さもありなんな話だが、「自分を大切にする」って一番抽象的で、よくわからないことじゃないか?と思う自分がある。大切にする理由もなしに自分を褒めるのは難しいと思うんだぞ。転職をできたので、自分をとりあえず素晴らしい!大切に扱おう!と思うべきなのか。もっと頑張って、いよいよ次は日本での永住資格とってもっと偉くなってやるぞ!と意気込めばいいのか。やりたい仕事もやりたい駐在経験も全部積み重ねるんだ!とか。

…しどろもどろになったが、言いたかったことは3つである。

①転職をするというか、物理的な成功体験が増えても、なんか自分の性格が変わらないとやっぱり辛いね、かなしいね、という感想。

②とりあえず今こうやってWordpressに文字だけでも書いてて、有言実行できたのは偉いと、自分を大切に思うべきなのか。

③家のことはあまりにもわだかまり拗らせ苦しみ要因が多すぎて、「苦しみを取り出して文章でアウトプットする」ことに慣れた状態になる時点から始めねばだが、前述した日本での永住資格取得の件もそうで、とっとと持ち家族になりたい。母は疑心暗鬼でずっとビビっているというか、お金でどうにもならない・縛られるということを懸念しているようだが、そこはそれ、何とかしてやりますよ。転職の時も感じたのだが、苦しい環境を我慢したままずっといるより、ぶつかってから後で勝ちに行く方が自分はスッキリする(多分)。まあ、転職の結果ぶち当たった地雷がこの家というのであれば、多分後から勝ちに行っても別の苦しみから逃げられないのだろうか。世知辛い世の中です。